恋のうた

 
 

創作メモというか、書きかけ小説ののラフも放り込んでおくことにします。
えーっとですね、現在引っ込めてある「恋歌」という題で出したのの、続きというか、うん、まあ先のシーンです。
これはとあるシェアワールド企画(終了しています)の流れで書いていたやつなのですが……。まだやっとったんか、みたいな。まだキャラが生存している証拠ぐらいにしかなりません。



 ここのところ、妙な空気に気分がざわついているエディアルドである。天候は、あの祭祀の日以来実にさわやかであるが、どうも周囲の自分に対する反応が奇妙なのである。
 アヴィランド側の人間はみなこちらを探るようだったり、何がしかの発言を待つ様子であったし、自国の人間はまたこれで何か隠しておきたいことがある風である。つまりは、わが国はアヴィランドに大きな隠し事があるということであろう。そして、わが国の人間は、皆が皆、それをエディアルドに言ってしまえばアヴィランドに筒抜けだと思っている。すくなくとも、そういう危険が多分にあると思っているということだろう。彼はそう結論付けた。しかし、それが何かは見当もつかないのであった。
 その答えは思わぬところから得ることとなった。彼は、実のところ周囲から出歩くことを禁じられていて、だが、どうにも落ち着かず、そのときも部屋を抜け出していた。そうして出鱈目に歩いていると、向かい側から見覚えのある人物が歩いてくるのに行き会った。相手はさっと会釈して奇遇ですね、陛下に御用ですかと言った。どうやらこの先は国王の執務室らしい。
「いえ、実はどうも迷ってしまったようでして」
「部屋はどちらでしたか。お送りしましょう、公子どの」
「いえ、殿下のお手を煩わせるほどでは」
 件の相手とは、レオポルトであった。エディアルドが辞退しようとするのを遮って、彼は言った。
「もしお時間があるようでしたら、少々話をさせていただきたいのですが」
 遠慮がちな物言いであったが、断らせないぞという強い意思のみえる態度であった。にこやかにしているが、その目は据わっている。怪訝に思いながらエディアルドが承諾すると、レオポルトは見覚えのある渡り廊下からひょいと外れて木々に隠された道を先導していった。少し中に入ると、そこにはちょっとした広場がある。石畳はなく、木陰に隠れるようにして、広場の端に沿ってベンチがいくつか据えてあった。
 レオポルトは、相手にベンチを勧めると、さっと片ひざをついて礼をとった。まるで臣下が賓客を迎えるかのような丁重さである。エディアルドが驚いて留めるようなしぐさを見せると、さらにそれを押し留めるように、いいのですと言った。
 エディアルドとしては、何かあるらしい事情を問いたかったのだが、相手の迫力に押されて、怪訝そうな表情を留めるので精一杯であった。
「じつは私、近々カサ・スール直轄領の運営を任されることになりまして。コルサスの次代を担う殿下にはひとこと挨拶を申し上げようと思っていたところでした」
「私など、気になさる必要はありません。まだまだ若輩ですし、父や兄たちには遠く及びません。こちらの方が教えを請わねばならないくらいです」
 戸惑いながらも自分はさほど重要な人間でないと告げると、レオポルトは視線を険しくして
「まさか、本気でそう仰っているわけではないでしょうね?」
 そう言った。意図が更にわからなくなったエディアルドが困惑をしめすと、
「公式の場ではないのです、遠まわしなことはやめませんか。こちらとて情報網がないわけではないのです。状況によっては、あなたを旗印にして我々が出なければ収まらぬことくらい、お分かりでしょうに」
(――何が、)
 侍史たちの隠し事の内容が、あまりに重大だったことに気づき、エディアルドの表情が一瞬崩れた。
(何があったんだ。父上はご無事だろうか。兄上たちは。)
 しばらくの間があった。レオポルトは公子の動揺を見て取ってはいたが、あえて次の言葉を待っていたようであった。
「ほんとうに」
 あえぐようにエディアルドは言った。
「ほんとうに僕などは何ほどのものでもないんだ。僕、……私は、この件について発言を許されていません」
「あなたに、いったい誰が許可を与えるというのです? あなたがあるじでしょう」
「私が、『部下に愛される以外に能がない、取るに足らない第三公子』だからです。目付け役の許しがなければ何事も許されません」
「そうですか。まあ、それも……生き残る知恵、みたいなものなんでしょうが、しかし」
 いつまでもそのままでは困るのですよ、レオポルトは続ける。
「あなたにはどうやら目覚めてもらわねばならないようです。あなたがたは我がアヴィランドと縁付くことを選んだ、と私は諒解しています。ならば、あなたはその価値を我々に示さねばならないはずです。発言が許されていない? ではあなたは、何のための公子です? いざという時のスペアだというなら申し上げます。公子、今がその時です。覚悟はおありですか」
 背筋を這い上がるなにかがあった。エディアルドは、いまや下からうやうやしく見上げているはずのレオポルトの視線にすっかり捕らわれている。ごまかすことも、気づかぬふりでやり過ごすことも、それこそ許されていないのだと感じた。
「覚悟、ですか」
 そんなものが試される時が来るとは思っていなかった。かれには優秀な兄がふたりもいて、かれはただその兄たちの素晴らしさを喧伝してのんきそうな顔をしていればよかったはずだった。
「ええ。あなたが部下を、領土を、民を、妻――ひいては家族を守る、覚悟です」
「お恥ずかしい限りですが、僕にはまだ、すぐには無理そうです。まずはお守り役と喧嘩をしなきゃならないようだ」
 エディアルドは、出来るだけにこやかに言った。恐ろしくて震えがきそうだったが、そうと悟られるのは流石に嫌だった。親指をぎゅっと握りこんで、ともすれば崩れそうになるのを堪えた。まずは、本当のことを知らなければならない。覚悟なんて言われると、全速力で逃げ出したくなるが、どうもそんな悠長なことを言っていられる状況ではなさそうだ。そうして輝くような笑顔のまま、付け加えて言った。
「そういうあなたは、ずいぶん覚悟が決まってそうですね」
「いろいろと叩き込まれましたから。それに、部下を持つ以上は、それなりに肚を決めておかないと困りますからね」
 レオポルトは、やや表情を緩めて言った。今さら意識するまでもなく何がしかの覚悟のある表情であった。騎士団長をしているという話だったから、経験がそうさせているのだろうか。エディアルドは気を抜くようにふっと息を吐いて、
「とにかく立ってください。ぼくはちょっと、あなたにそうやって礼をとられていると心苦しくて息がつまりそうだ」

 
 
 
 
 
どうでしょうか。エディが彼らしくないという説もありますが、どうなんでしょうねぇ。