少女小説家

何となくぼやっと考えているネタ。
前書いておいたラフ文章をサルベージしておくことにする。

お世話係

「物語だけを食べて生きていければいいのに」
 そう言って、小さく漏れたため息に、僕はどきりとした。
 彼女は、出来るならば本当にそうしかねないとおもったからだ。その危うさにも僕は何となくは気づきはじめていた。
「何ですか、それは」
 まるでくだらない戯れ言を聞いたかのように苦笑して、デザートのリンゴを盛って差し出すと、彼女ーー粟島あかねは、嬉しそうにふわぁっと笑った。ウサギに切ったリンゴが嬉しいのだ。いつまで経っても子供みたいなひとだ。
「ハルくんは、いいなとは思わないの。きっと楽しいよ」
「僕は、食べたり眠ったりするのが大好きだからね。思わないな。物語なんて食べた気がしない」
 いい考えだと思ったのに、と唇を尖らせる様子は、小さな体つきも相俟って、まるで子供のようだが、この人はこれで二十代も後半の人気小説家だ。僕の何倍稼いでるんだか、とにかく我が社の看板作家なのだそうだ。未だに少し信じられない。
 僕自身は、編集者でも営業でもなく、本当なら作家先生とは関わりのない身柄ではあるのだが、彼女とは五年越しの付き合いになる。大学の先輩から持ちかけられたアルバイトがきっかけだ。
 今や、我が社の専務にして御曹司であるところの先輩から、在学中に料理の腕を見込まれて食事係を頼まれたのだ。僕は、もともと、彼女が好むような可愛らしい料理には縁がなかった。その僕に、暇そうだからというので目星をつけたらしい。ある日突然、先輩が目の前に「お弁当の本」を山のように積んで言った。
「弁当作れよ、ハル。合格なら一食三千円出す」
「何すか、その豪華弁当。そんな料亭の弁当みたいなのはムリですって」
「誰がそんなの作れっつった。この本みたいな幼稚園児の弁当のデカい版みたいなのがいるんだよ」
「じゃあ、行楽弁当」
「値段通りのものを作れとは言ってない」
「???」
「女子中学生が喜んで食べるようなのが必要なんだ、それも出来るだけ早く」
「……先輩、もしかして」
「それは誤解だ。身内のことで詳しくは言えないんだ。いいから今すぐ作れ」
「いきなり横暴になりましたね! 僕は普通の弁当しか作ったことないんですよ」
 じゃあ、それでいいと言って作らされた最初の弁当は大不評だったのだ、そういえば。
「……地味だな」
「急に作らされたんだから、当たり前です」
「しかも何だ、この色気のない入れ物」
「一人暮らしの男子に、そんなもん求めないでください」
「今日は、まあこんなものか。明日からは何かこう、華やかっぽいやつ作れ。入れ物も金は出すから、それっぽいやつでな」
「明日もですか。しかも既に決定事項っぽいですよ? 僕の意志とか都合は」
「聞くかよ。いいか、退学とかすんじゃねぇぞ?」
 どきりとした。今思えば、僕の事情を先輩は知っていたのだろう。僕は、もうほとんど努力してまで在学するだけの気力を失っていた。それは、先輩の頼みを断るほどの気力もなかったということでありーー先輩は、あれで決めたことをなかなか覆してくれないのだ、特にそれが相手のためだと信じているときにはーー、僕は、ほぼ一月あまり、毎日弁当を作り続けた。とにかく、手を変え品を換え、可愛らしいものを作るように要求されながら。
 一月経った頃、先輩から持ちかけられたのは、小説家の先生の食事係だった。そのとき初めて、僕はその弁当づくりがその作家先生のためのものだったと知らされた。取材でも何でもなく、単なる偏食対応だったということもだ。